弦 庵
今、この文章をとろとろ燃える薪ストーブに当たりながら書いています。 私達の新居である弦庵に移り住んで、およそ半年。様々なことから何を書きましょうか 、夫婦で相談しています。

私は以前から自分の家を立てるときは建築会社に任せきりにはしたくないと考えていました。大手住宅メーカーの宣伝やモデルハウスを見ても「いいなー」とか、「これしかない」 と思ったことがなかったし、一つの業者に設計から施工まで一切を任せることにも問題 も感じていたからです。

仕事の規模が大きくなればなるほど、施工者とそれを監理するものは別の人格であるこ とが、絶対必要と思います。人間は自分のやることを第3者の目では見られないもので す。ましてや、規模が大きくなり会社と言う組織で動けば、経費もロスも増え、かつ組 織の利益は絶対です。営業の人がとても良い人であっても、彼が工事をするわけではな いのです。 自宅の建築状況をこまめに観察し、現場で発生する問題に的確に指示を与え、限られた 予算の中で無駄を省き、最高の結果を得るように努力する。こう言った事をやりとげる 知識も時間も持ち合わせていない以上、誰か別の監理者を頼もうと心に決めていました。

一方、建築雑誌などに紹介されている高名な建築家の家には心引かれるものがありまし た。しかし、なにか「作品」という感じがして、自分がそこで生活するとか、建築費を ぽんと出せるとも思えませんでした。そんなとき、ある建築雑誌の面白い記事が目に止まりました。「建築家の設計監理料は 、大手ハウスメーカーの経費に比べ、けして高くない」と言うのです。ローコスト住宅 を手掛ける建築家も少数は居ることも分かってきました。私は、建築家に自宅の設計監理を依頼することを決意しました。

自宅が無事完成するまでには、語り尽くせないほど色々なことがありました。自分たち の人生の大きな転換点に、幸運な出会いと潮時を乗り切る力が続いてくれたことに感謝するのみです。私は、最近では、国語より算数が得意な、いわゆる理数系の人間であったと感ずることが時々あります。 弦庵に移り住んだ頃は、基本的に理屈で満足していたのです。納得できる品質の住宅が 、私の投資できる範囲で手に入ったのですから、それはまさしく上々の結果でした。

都市の真ん中にある弦庵ですが、この家は、日の照り影など天候の変化や星月の動きが はっきりと感じられます。夏の暑さと朝夕の涼しい風、冬の寒さと日だまりの暖かさ等 など、この家を構成する木や鉄骨、コンクリート、煉瓦、薪ストーブ等の様々な要素に 包まれて、四季の移り変わりを心地好く感じる。そんなとき、人間が本来住まいに求め ているものに気づかされます。それは”安心し心豊かに過ごせること”。 これは、「部屋数」「畳数」「坪単価」「最新の設備類」等、建物を評価する数値化さ れ項目からこぼれ落ち、住宅を取り巻く様々な社会システムがすり替え、あきらめさせ 、私も心の底に閉じ込め忘れていた要素です。 住工房の皆さんが、私達に押しつけることなく、しかし、こだわっていた「夢」「納得」「実現」という言葉。私の計算を満足させながら、したたかに、創り込んでくれた様 々な本質。自分の家をもつとき、最初からこれを本当の目的とすべきであったのかもしれません。 しかしそれだけでは、際限のない出費と絶望に打ちのめされる事になっていたような気 もします。寒い朝、薪ストーブから、ぱちぱちと煙があがり、やがて圧倒的な暖かさが辺りを包み 込む時。ボタン一つで暖かくなるファンヒーターを愛した理数系であった私の頭の中に も「感性」という言葉が浮かんできます。

全てを均質にコンディショニングされたオフィスより、濃密で、生きていること自体が 楽しい時間が、たしかに弦庵では流れています。 現代では、住宅の取得は人生最大の事業となっています。私の場合でも住宅取得それ自 体が目的化していたと思います。近頃では、そんな自分を反省しつつ、弦庵を住みかと し、より良い人生を、家族の一人一人が送る事が本当の目的だと考えています。